中国最高人民法院の知識産権法廷は、行為保全に対する復議申請の最初の案件を審理・結審し、特許侵害事件における訴前行為保全の審査基準を明確化した
——(2024)最高法知民復1号
「最高人民法院による『知識産権法廷に関するいくつかの規定』を修正する決定」が2023年11月1日に施行された。この修正後の司法解釈の第2条の規定に基づき、技術類の知的財産権及び独占事件における地方法院の行為保全裁定に対し、最高人民法院の知識産権法廷に復議を申請することができるようになった。先般、最高院知識産権法廷は、制度施行以来初めて、行為保全に対する復議申請の案件を審理・結審し、特許侵害事件における訴前行為保全申請の審査基準を明確化するとともに、法に基づき申請を受けた後10日以内に復議裁定を下した。
蘇州の某企業(以下、S社とする)は2024年6月3日、ある地方の中級法院に対して訴前行為保全を申請し、北京の某企業(以下、P社とする)に対して直ちにS社の発明特許権を侵害する製品の製造、販売、販売の提供を停止するよう、命令することを求めた。S社は、担保として、訴訟財産保全責任保険証書を差し出し、かつ500万元を自主的に提供した。
中級法院は審査の結果、以下のとおり認定した。
現有の証拠に基づき、P社が特許侵害を構成する可能性が高い。現在、「618」電商の全面的なセール期間中であり、侵害行為の規模が拡大傾向となることが予想され、故に、侵害行為の制止には緊迫性を有する。もし相応の保全措置を講じない場合、S社の合法的な権益に補償できない損害を与えることとなり、かつこの損害は、P社に対して行為保全措置を講じた場合の損害を明らかに上回るものとなる。また、該当特許製品及び侵害行為の対象製品はともに掃除ロボットであり、社会的公共製品の属性を有するものではないため、行為保全措置を講じることは社会的公共の利益を損なうものではない。したがって、P社に対し、直ちにS社の発明特許権を侵害する行為を停止すること、即ち、2種類の掃除ロボット製品の製造、販売、販売の提供を停止するよう裁定した。
P社は、この訴前行為保全裁定を不服として最高院に復議を申請し、訴前行為保全裁定の取り消しと、S社の訴前行為保全申請を依法却下するよう求めた。主な理由としては、当該特許権は安定していないため無効となる可能性があり、かつ侵害行為の対象となる技術案は当該特許権の保護範囲に属さないこと、また、S社の申請は「緊迫性」「利益の均衡」「社会的公共の利益」等の条件を満たしていないこと、である。
最高院は審査の結果、以下のとおり認定した。
民事訴訟法及び「最高人民法院による知的財産権紛争における行為保全の適用に関するいくつかの問題の規定」の関連規定に基づき、人民法院が訴前行為保全申請を審査する際、まず当該申請が「緊急の状況」の前提条件を満たすかどうかを審査し、この基礎上でさらに当該申請が事実基礎及び法的根拠を有するか、補償できない又は執行できない損害が存在するか、利益の不均衡を招くか、公共の利益を損なうか等の要素を総合的に考慮する必要がある。
第一に、本案の訴前行為保全は「緊急の状況」という前提条件を満たしていない。「緊急の状況」とは通常、直ちに行為保全措置を講じない場合、申請者の権利の消滅、権利の価値の急激な低下、人身権利及び時效性の強い要素の下での権利が侵害を受ける等の、補償できない利益の損害が発生する等の状況を指す。本案において、S社の申請は発明特許権侵害紛争に基づくものであり、侵害行為の対象となる行為は当該特許権自体の消滅又は権利の価値が補償できない損害を受けることを招くものではなく、S社の人身権利の侵害が存在するものでもない。また、S社の主張に基づくと、侵害行為の対象となる行為は2023年8月に既に実施されていたが、S社は侵害行為の対象となる行為を発見後、2024年6月まで行為保全申請を提出せず、この期間中にも各種のセール活動が存在していた。関連の事実は、本案において時效性の強い要素が存在せず、訴前に侵害行為の対象となる行為を停止する緊迫性を有していないことを表明している。
第二に、本案の訴前行為保全は、その他の法定要件を満たしていない。その一に、特許侵害事件においては、通常より複雑な技術的比較を行う必要があり、侵害判定を行うために、通常より慎重に行為保全措置を講じるべきである。当該特許権の効力は安定しているが、侵害行為の対象となる技術案が当該特許権の請求項に記載された技術的特徴を有しているかどうかについてが争点となっている。本院は初步的な審査を経て、現時点において侵害の可能性が高い事実基礎は明確でないと認定する。その二に、申請者に対して補償できない損害が発生するかどうかを判断する際には、当該損害が金銭賠償により補償することができるか及び執行程序により弁済を得る合理的な予期があるかを重点的に考慮するべきである。本案は発明特許権侵害紛争であり、侵害行為が権利者に与える損害は通常製品の売上高の低下による経済的損失である。経済的損失は通常訴訟請求により侵害行為の対象となる者に損害賠償責任を負わせ、判決の執行により関連の勝訴権益を実現する等の方式により補償することができる。現有の証拠は、侵害行為の対象となる行為が制御できなくなり、かつS社の損害を著しく増加させることを証明するに足りず、また侵害行為の対象となる行為がS社の市場占有率を明らかに減少させることを証明する証拠もない。その三に、本案の当事者はともに掃除機業界の有名企業であり、訴前行為保全措置を講じることはP社に対しても相応の損害を与える可能性がある。しかし、現有の証拠は、訴前行為保全措置を講じないことによってS社に与える損害が、訴前行為保全措置を講じることによってP社に与える損害を上回ることを証明するに足りない。
侵害行為の対象となる製品及び当該特許製品はともに掃除ロボットであり、市場には代替製品が充足しており消費者に多数の選択肢を提供しているため、社会的公共製品の属性を有するものではない。また、公衆の健康、環境保護又はその他の重大な社会的利益に関与するものでもないため、訴前行為保全措置を講じることを許可するかどうかは、社会的公共の利益を損なう問題に関与しない。公共の利益の考慮の問題においては、訴前行為保全の法定要件に適合すると言えるが、S社の申請は前述のその他の法定要件に適合しないため、その訴前行為保全申請は全体として許可されるべき法定要件に適合しない。
よって、最高院は、訴前行為保全裁定を取り消す裁定を下した。
行為保全措置は当事者の利益に重大な影響を及ぼすため、人民法院は、訴前行為保全措置を講じることを許可するかを審査判断する際、訴前行為保全制度が侵害行為を制止し、知的財産権を有力に保護する上で重要な役割を発揮することを重視するべきである。また、法定要件を厳格に依法審査し、各方面の利益の均衡を確保するべきである。
本案は、行為保全に対する復議申請の制度施行以来、最高院知識産権法廷が審理・結審した最初の復議申請案件となった。該当の訴前行為保全裁定を取り消す裁定を下し、かつ法に基づき申請を受けた後10日以内に審理・結審することができ、新制度の救済機能及び司法改革の効果を大いに発揮した。
出典:中国最高人民法院の知識産権法廷