事件No.5
中国特許登録番号:ZL200680037518.6
出願日:2006年12月11日(中国移行日:2008年4月9日)
登録日:2012年6月13日
専利名称:レストランシステム
専利権者:ヘイネマック(Heinemack GmbH)
無効審判請求人:失重(北京)餐飲管理有限公司
無効審判請求日:2019年3月19日
無効審査決定番号:第41958号(補正した上で有効を維持)
無効審査決定日:2019年10月14日
【要点】
対象特許は、「ローラーコースター・レストラン」に関する。本無効審査決定の注目点は、「進歩性の審査においては、発明構想を十分に把握する必要がある」という点である。また、当該無効審判は、権利行使までの期間の短縮を試みるため、関連する侵害訴訟と共同で審理が行われた。
【関連背景】
特許権者がドイツで開発した「ローラーコースター・レストラン」は、その名の通り、料理をローラーコースターで運ぶレストランであり、「エンターテインメント・ガストロノミー」(娯楽の美食)と称する通り、食べるだけではない、楽しむためのレストランである。また、ウエイターが不要であるため人件費も削減できる(日本食糧新聞)。2005年から関連特許を全世界で出願し、ヨーロッパの各地などで複数のローラーコースター・レストランを直接的または間接的に運営している(http://www.rollercoasterrestaurant.com/en/)。
レストランのイメージ及び店内の様子
CROLLERCOASTERRESTAURANT
中国では、2017年から「ローラーコースター・レストラン」と類似した「SPACELAB」と称するレストランチェーン店が、北京、上海、深圳、蘇州、西安等で開業しており、2019年の始めから、対象特許の中国の専用実施権者であるローラーコースター(北京)餐飲管理有限公司が、これら「SPACELAB」の経営者を相手取り、中国各地で「不正競争」、「特許権侵害」等を理由に訴訟を提起した。これに対抗するため、被告の一人である失重(北京)餐飲管理有限公司は、対象特許の無効審判請求を提出した。
【無効審判の経緯】
1、対象特許の特許請求の範囲(無効審判段階で補正が行われた)
【請求項1】(原請求項1+5+9+10+16)
レストランシステム(2)であって、
イ)料理及び/又は飲み物を調理及び/又は準備するための少なくとも1つの作業領域(3)が設けられており、
ロ)特にレストラン顧客用の単数又は複数のテーブル(5)を備えた、少なくとも1つの顧客領域(4)が設けられており、
ハ)作業領域(3)と顧客領域(4)とが、料理及び/又は飲み物用の搬送系(6)を介して接続されており、
ニ)搬送系(6)が、料理及び/又は飲み物を作業領域(3)から顧客領域(4)に搬送するために形成されており、
ホ)搬送系(6)が、単数又は複数のレール路(56)を備えたレール系(6)を有している又はこのようなレール系であり
ヘ)レール系が、滑りレール(7)を有し、
ト)作業領域(3)から顧客領域(4)への料理及び/又は飲み物の搬送が搬送系(6)を介して、重力を用いて行われ、
第2の形式のレール路(56)が、少なくともほぼ互いに平行に延びる2つのレール(7)からなり、
搬送補助手段(37,38,41,58,59,60,61)が設けられており、該搬送補助手段(37,38,41,58,59,60,61)がその寸法及び/又は滑り特性に関してレール(7)と対応しており、容器(27)を搬送するため、この場合は容器が安定的に搬送補助手段内に又は搬送補助手段上に設置可能であり、
搬送補助手段(37,38,41,58,59,60,61)がガイド構成部材(63)を有しており、該ガイド構成部材(63)がレール(7)を少なくとも部分的に取り囲んで特に少なくともレール周囲の半分を取り囲んでいて、
作業領域(3)が、顧客領域(4)の少なくとも1つのテーブル(5)と、少なくとも1つのレール路(56)を介して結合されているか又は結合可能である、
ことを特徴とするレストランシステム。
2、無効審判請求人の主な主張
請求項1等は、証拠1、証拠2及び本分野の常識に対して特許法第22条第3項に規定する進歩性を有しない。
証拠1:US2216357 公開日:1940年10月1日
証拠2:US278226 公開日:1883年5月22日
3、「無効審査決定」の主な内容
1)証拠の開示
証拠1には、サービスカウンタ(25)よりも高い食物を準備するための高架プラットフォーム(6)を備える食物供給装置であって、高架プラットフォーム(6)とサービスカウンタ(25)との間にレール(20)を設け、食物の準備が完了した後にレール(20)上に載置し、重力の作用によりサービスカウンタ(25)まで搬送し、ウエイターによりサービスカウンタ(25)から食物を取り出し、カウンタ(2)の周囲(3)に着座した顧客に渡すことを特徴とする食物供給装置が開示されている。
証拠2には荷物キャリア装置及び高架レールが開示されており、特に主レールA及びサイドレールBが共に二本の平行なレールで構成されていることが開示されており、証拠2には請求項1に限定された「第2の形式のレール路」のレール構造が開示されている。
2)相違点の認定
①作業領域が、顧客領域の少なくとも1つのテーブルと、少なくとも1つのレール路を介して結合されているか又は結合可能である。
②ガイド構成部材などが備えられる搬送補助手段。
3)進歩性の認定
相違点①について、対象特許と証拠1は、いずれも重力により作用するレールを利用しているが、対象特許の技術的解決手段は、レールが顧客領域のテーブルまで延在して接続されており、レールを介して重力の作用により飲食物を直接顧客のテーブルに運ぶことができることを限定している。一方、証拠1では、依然として食物をサービスカウンタに搬送し、さらにウエイターにより食物を取り出してテーブルに運ぶようになっている。この従来技術に、当業者が対象特許の技術案を容易に得ることができるような十分な示唆や教示があるか否かが、本件の進歩性判定の焦点となっている。
合議体は、発明の構想を巡って、対象特許と証拠1との技術的課題、技術的手段、技術的効果の三点から総合的に考慮し、飲食業界の技術の発展ルール及び現状を組み合わせて、上記の問題に対して分析及び判断を行った。
まず、飲食業界の歴史を見ると、基本的にウエイターにより人工サービスを提供するモデルが、飲食サービスの誕生から現在に至るまで踏襲され続けている。外食において、多くの人々はこの人口サービスに価値を置いているため、人工サービスを取り除くということは難しく、証拠1の技術案(ウエイターによりサービスカウンタ(2)から食物を取り出し、カウンタの周囲(3)に着座した顧客に渡す)も同様である。
第二に、対象特許と証拠1の両者は、実際に解決した技術的課題と採用した技術手段が実質的に異なる。証拠1には、レールを利用して食物を運ぶことが開示されているが、それが解決しようとするのは、展覧会等の空間が限られている場所において、どのように限られたスペースで飲食サービスを提供するかという問題である。よって、証拠1は、場所を取る複雑なレールシステムを設けるような技術示唆を与えることはできず、つまり、レールをテーブルまで延在させる示唆や教示を与えることができない。
第三に、両者は奏する技術的効果も異なる。外食モデルの発展と現状を総合的に考慮すると、外食モデルの改良余地は大きくないが、対象特許はレールの設計と応用により、人工サービスを省いても顧客がサービスの欠損を感じることがないとともに、新奇な外食体験を提供することができ、異なる飲食文化をもたらし、飲食業界への機械構造の新たな応用を体現し、レストランの環境、サービス、人件費、外食体験等、多角的な配慮ができており、これは、証拠1では実現できない技術的効果である。
結論:
相違点①は、対象特許と証拠1の両者の発明構想の根本的な相違を示すものであり、従来技術にも当業者が対象特許の技術案を得るのに十分な示唆・教示がなされておらず、請求項1は証拠1、証拠2及び本分野の常識に対して進歩性を有する。
相違点②はさらにその技術案に証拠1及び2に対する進歩性を有させる。
【案件からの教示及び典型的意味】
本無効審査決定の注目点は、「進歩性の審査においては、発明構想を十分に把握する必要がある」という点である。
発明構想とは?
――発明構想とは、発明者が直面した課題を解決するために、解決策を講じる過程で提案された技術改良の考え方である。(「案件にて法を語る――特許復審・無効審判典型案件ガイド」 2018 国家知識産権局・専利復審委員会編著)
「発明構想」≒技術的課題+技術的手段+技術的効果?
対象特許の発明構想:従来の飲食サービスモデルでは、人件費の消費という問題を解決するために、飲食物を重力伝送システムを利用して作業領域からそのまま顧客領域のテーブルに運ぶことで、ウエイターが不要となり、顧客が自ら飲食物を取る必要もない。
証拠1の発明構想:展覧会等の限られたスペースで食物を提供する問題を解決するために、厨房エリアを高架化させ、重力搬送レールを利用して食物を厨房エリアからサービスカウンタ(ウエイター)に搬送してから、ウエイターにより顧客に食物を伝送することにより、限られたスペースを活用して食物の提供を実現する。
発明構想が異なり、証拠1は当業者が対象特許の技術案を得るのに十分な示唆・教示を与えられないため、進歩性維持と認定された。
対象特許のような「技術的解決手段が簡単であり、原理がわかりやすく、改良の手段も簡単」である案件について、技術的「課題」、「手段」、「効果」のいずれか一つにだけ僅かな相違がある場合、三歩法(3ステップ法)の代わりに、「発明構想」(即ち技術的「課題」、「手段」、「効果」の合計)で進歩性を判断する方法が採用された
公開日が1940年である主引例の証拠1と百年前の証拠2の他に、「合議体自ら検索したが、過去80年間により適切な証拠はなかった」(主審官の話)ので、進歩性維持の心証は既に形成されていた可能性がある。