事件No.4
中国特許登録番号:ZL200680042417.8
出願日:2006年9月13日
登録日:2012年10月10日
特許名称:糖尿病の治療に用いられるジペプチジルペプチダーゼ阻害剤
特許権者:武田薬品工業株式会社
無効審判請求人:亜宝薬業集団株式会社
無効審判請求日:2018年9月3日
無効審査決定番号:第38950号(特許権の有効を維持する)
無効審査決定日:2019年1月31日
【無効審査決定の要点】
¨先の出願がある技術的特徴について説明を行っていないか又は大まかな説明だけを行い、後の出願の請求項にこの技術的特徴に対する詳細な限定を追加した場合に、当業者が、自身が知っている技術知識に基づき先の出願からこの技術的特徴を直接、疑うことなく得ることができないのであれば、後の出願は先の出願の優先権を享有することができない。
¨請求項の保護請求する技術案と最も近い従来技術に開示されている技術案との間に相違点が存在するという前提下で、従来技術により、当該相違点を最も近い従来技術に導入して存在する技術課題を解決する示唆が与えられておらず、且つ当該相違点の導入が当該請求項の技術案に有益な技術効果を奏させるのであれば、当該請求項の保護請求する技術案は進歩性を有する。
【事件の背景及び経緯の簡単な説明】
本特許は分割出願であり、US60/717558(出願日:2005年09月14日)及びUS60/747273(出願日:2006年05月15日)に基づく優先権を主張し、その最も早い優先日が2005年9月14日である。
本特許は糖尿病治療用薬物化合物であるジペプチジルペプチダーゼ阻害剤(DPP-4阻害剤)に関するものである。現在市販のDPP-4阻害剤には、シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、リナグリプチン、アログリプチン等がある。武田薬品工業株式会社はアログリプチンの開発に注力し、アログリプチンをめぐって世界範囲で大量の特許を出願すると共に、中国において周密な特許ポートフォリオを構築している。
今回の無効審判請求の他に、同時にZL201210399309.3、ZL201210332271.8号特許に対する無効審判請求も提出されており、これらの案件は事情が複雑で、重大な利益と関係していることから、社会各界の注目を集めた。
本特許の請求項1は以下の通りである。
「単一剤形に製剤された医薬組成物であって、
当該単一剤形が5mg~250mgの下記の式構造を有する化合物Iを含有し、
化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在する、医薬組成物。」
¨無効審判請求人の主な理由は以下の通りである。
(1)証拠4(WO2005095381A1)は本特許の特許権者が本特許の優先日の前に出願した特許出願であり、出願日が2004年12月15日、公開日が2005年10月13日である。証拠5(CN102140090A)は証拠4のファミリ特許出願であり、出願日が2004年12月15日、公開日が2011年8月3日である。
証拠4、証拠5のそれぞれの出願日が、本特許が主張する最も早い優先日よりも早く、かつ本特許と同一の主題を持つ発明を開示しているため、本特許が優先権を主張した先の出願は最初の出願ではなく、本特許が主張した優先日は成立しない。
(2)上記(1)の場合、請求項1~12、請求項31~46は、優先日の2005年9月14日に基づく優先権を享有しないため、証拠4、証拠5に対して新規性及び進歩性を有しない。
(3)本特許請求項1は、証拠7(WO20050246148A1、公開日:2005年3月24日)、または証拠8(JP2003-300977A、公開日:2003年10月21日)と証拠9(WO0202560A2、公開日:2002年1月10日)との組み合わせ、または証拠7と証拠8と証拠9との組み合わせに対して進歩性を有しない。
¨合議体の主な意見及び理由
(1)同一の出願人により本特許の優先日より早く提出された先の出願として、証拠4と証拠5が、本特許が前記2つの優先権を享有することに影響を与えるか否かは、証拠4と証拠5が本特許と同一の主題の発明を開示したか否かによって決められる。
証拠4に開示された技術情報を総合的に考慮すると、証拠4の、本特許請求項1に最も近い技術主題は、例として挙げられている化合物4(即ち、本特許の化合物Ⅰ)が、その塩または遊離の塩基の形を活性成分として医薬組成物に調製することできるということである。証拠4には、例えば経口投与製剤という具体的な製剤がさらに開示されており、この経口投与製剤は薬剤を単回投与するための製品形式ではない。しかしながら、本特許請求項1は剤形を限定しておらず、理論上、薬学的にあり得る全ての薬剤をカバーしている。且つ、本特許請求項1は、更に前記薬物組成物が単一剤形であることを要求しており、つまり、単回投与に用いられる製品形式である。従って、証拠4は本特許請求項1と同一の技術案を開示していない。況して、証拠4には、薬物組成物において化合物4の含有量範囲が5~250㎎であることは開示されていない。よって、証拠4は本特許請求項1と同一の主題を開示しておらず、請求項1が享有する優先日の2005年9月14日に基づく優先権に影響を与えることはできない。
証拠5は証拠4のファミリ出願であり、前記証拠4と同一の理由により、本特許請求項1と同一の主題が開示されておらず、請求項1が享有する優先日の2005年9月14日に基づく優先権に影響を与えることはできない。
(2)前記(1)における理由に基づき、請求項1~12及び請求項31~46は優先日の2005年9月14日に基づく優先権を享有し、証拠4、証拠5は本特許の優先日の後に開示されているため、本特許請求項1~12及び請求項31~46の新規性及び進歩性を評価するための従来技術として用いられることができない。
(3)証拠7に対する本特許請求項1の進歩性
本特許請求項1における化合物Ⅰの構造と証拠7に開示された具体的な化合物2-[4-(3-アミノ-ピペリジン-1-イル)-6-オキソ-1,6-ジヒドロピリミジン-5-イルメチル]-ベンゾニトリルとの相違点は、「中間にある基の構造が異なり、各基の空間連結位置が明らかに異なり、また、化合物Ⅰと証拠7における上記具体的な化合物との構造配置が異なる」という3つの相違点にある。前記3つの相違点に基づき、本特許請求項1が実際に解決する技術課題は、構造が異なったDPP-4阻害剤を含む薬物組成物を提供することである。
しかしながら、当業者は、証拠7の内容に基づき、段落0239における化合物の中間にある基を改造し、構造配置において1番目のN原子における置換基を3番目のN原子に移動させることを自明に想到し得ず、このように改造した化合物はジペプチジルペプチダーゼ(DPP‐4)抑制活性を有するか否かを予想できない。
よって、当業者は、証拠7の教示に基づき、本特許請求項1に含まれる化合物Ⅰ、技術案及びその有益な効果を自明に得ることができず、本特許請求項1は証拠7に対して進歩性を有する。
(4)証拠8と証拠9との組み合わせに対する本特許請求項1の進歩性
当業者は本発明を読む前に、証拠8に開示された、DPP-4抑制活性を有するキサンチン誘導体に基づき、本特許の化合物Ⅰの3つの部分の薬用効果を有する基を容易に得ることができず、キサンチン誘導体の一般式構造の代わりに本特許のメチルウラシル基を用い、メチルベンゾニトリル基を導入する技術示唆も存在しない。
証拠9はマーカッシュ形式の一般式で表される化合物に関するものであり、マーカッシュ形式で書かれた一般式で表される化合物は、本質的に一定の構造活性相関理論に依拠して具体的に実施される化合物の技術案に基づき概括的に書かれた定義範囲であり、異なる具体的な化合物の集合と理解してはならず、証拠9にキサンチン構造及びウラシル構造を含む具体的な化合物が開示されていると認定することはできない。
そして、証拠9に開示されている化合物と証拠8に開示されている化合物とは構造上に大きな違いがあり、たとえ証拠9において式ⅡにおけるD3、D4、D5が存在しなくてもよいと表明されているとしても、この可能性は証拠9における式Ⅱの化合物の構造に対するものに過ぎず、他の構造の化合物、特に証拠8における一般式で表される化合物が、証拠9における置換基の定義に基づき選択・改造することができるということを意味しているのではない。
証拠8、証拠9により、DPP-4抑制活性を保持または改善するために、従来技術における化合物を改造して本特許の化合物Ⅰを得る技術示唆は与えられておらず、本特許請求項1における化合物Ⅰ及び薬物組成物は、証拠8、証拠9に対して自明ではなく、化合物ⅠはDPP-4抑制活性を有し、化合物Ⅰを含む薬物組成物は血糖値を下げるという、有益な技術効果を実現している。よって、本特許請求項1は、証拠8と証拠9との組み合わせに対して進歩性を有する。
(5)証拠7と証拠8と証拠9との組み合わせに対する本特許請求項1の進歩性
上述したように、まず、当業者は証拠7の教示に基づき、段落0239の化合物の中間にある基を改造し、構造配置において1番目のN原子における置換基を3番目のN原子に移動させることを自明に想到し得ず、このように改造した化合物が依然としてジペプチジルペプチダーゼ(DPP‐4)抑制活性を有するか否かを予想できない。次に、証拠8によっても、同様にDPP-4抑制活性を保持または改善するために従来技術の化合物構造を改造して本特許の化合物Ⅰを得る技術示唆が与えられていない。また、証拠9に開示されている化合物は、証拠7の化合物に比べても、証拠8の化合物に比べても、構造上に大きな違いがあり、それらの間には十分な「組み合わせの示唆」が欠如している。たとえ証拠9において式ⅡにおけるD3、D4、D5が存在しなくてもよいと表明されているとしても、この可能性は、他の構造の化合物、特に他の文献におけるDPP‐4阻害剤化合物が、証拠9における置換基の定義に基づき選択・改造することができるということを意味していない。従って、証拠7、証拠8、証拠9の間には「組み合わせの示唆」が欠如している。況して、たとえ組み合わせたとしても、必ず立体障害の関係を考慮しなければならず、従来技術に特定の部位で改造を行う明確な教示が存在するか否かを考慮しなければならないが、証拠7、証拠8、証拠9により、特定の部位に特定の置換基を導入して本特許の化合物Ⅰを得るように当業者を促す明確な技術示唆が与えられていない。よって、本特許請求項1は証拠7と証拠8と証拠9との組み合わせに対して進歩性を有する。
【無効審査決定の結論】
全ての無効理由が成立せず、特許権の有効を維持する。
なお、無効審査決定について、いずれの当事者も行政訴訟を提起しなかった。
【事件からの教示及び典型的意味】
¨特許法の関係規定により、優先権主張の基礎となる先の出願は、同一の主題に対する最初の出願でなければならない。出願人が、出願を提出する前に、同一の主題について他の国に複数の出願を提出しているのであれば、最初に提出した出願を基礎として優先権を主張することしかできず、最初の出願より遅い先の出願を優先権主張の基礎とすることはできない。
本事件は医薬生物分野の優先権の認定にとって模範となる事例であり、優先権の判断において、同一主題を判断する際に薬剤投与特徴の限定及び技術効果をどのように考慮するかを解説し、「異なる実験モデルの検証結果は、同一と見なすことができるか否か」等の技術効果の認定に対して、具体的な判断基準を与えている。また、薬剤投与特徴の相違が、発明に異なる主題を発生させるか否か、及びそれが優先権の享有の可否に与える影響について、明確に認定している。
¨医薬生物分野において、技術案が実質的に同一であるか否かについての認定は、薬物の成分自体を考慮するだけでなく、それによりもたらされる技術効果も考慮しなければならない。
¨マーカッシュ形式で書かれた一般式で表される化合物は、本質的に一定の構造活性相関理論に依拠して具体的に実施される化合物の技術案に基づき概括的に書かれた定義範囲であり、異なる具体的な化合物の集合と理解してはならず、証拠9にキサンチン構造及びウラシル構造を含む具体的な化合物が開示されていると認定することはできない。